Linux創始者のLinus Torvalds氏に「ミレニアムテクノロジー賞」
オープンソースのUNIX互換OSであるLinuxの開発者であるLinus Torvalds氏に「テクノロジー界のノーベル賞」とも言われているミレニアムテクノロジー賞が贈られることになったそうな。
Linus Torvalds氏はこれまで数え切れないくらいの賞を受賞しているから、これもまたその内のひとつに過ぎないのかもしれないけれど、ノーベル賞級というのが本当ならまあ結構な価値であるのかもしれないね。まあ、もらって悪いことはないだろうから、おめでたい話ではあるんだろうけれど。
ただ、個人的にちょっと気になったのが、ミレニアムテクノロジ賞の「現在・未来に渡って人生の質を著しく向上させる技術的革新に対して」というのに、Linuxが合致するのかなぁという点。
いやまあ、別にLinuxを貶めるつもりは全然ないのですよ。今や世界中のあらゆる製品でLinuxが使われているのは事実ですし、私自身も意識して/無意識でLinux製品に囲まれて生活しています。それだけ大成功したLinuxを生み出し、そしてこれだけ大きくなったLinuxを現在でも事実上管理しているという点でLinus氏が偉人であるということにはまったく持って異論はありません。だからLinus氏がいろんな賞を受賞してもそれは当然だと思うけれど、「Linuxが世界を変えた」というのに、ちょっとひっかかるのですよ。
言うまでもなく、LinuxはUNIX互換のOSです。できることは基本的にはUNIXと同じです。オープンソースであるという点は一般のUNIXとは違いますが、オープンソースのUNIXとしては*BSDなど他に存在しないわけではありません。Linuxは組み込みからスパコンまで、ほとんどのコンピュータに移植されて使われていますけれど、もしもLinuxが存在しなかったら、多分UNIXなど他の製品が代替になってその地位にすわっただけで、今と大して変わらない世界であったのではないかと思うのです。もちろん「もしも」の話なので、それが事実かどうか確かめようがないのですけれどね。
つまり、Linuxというのは「車輪の再発明」だと思うんですよ。そこに"偉大な"を付けてもいいし、優れた再発明でもあるのも事実だけど、「無かったものを生み出した」というわけではないのではないかな、と。
もしも受賞理由がLinuxそのものではなくオープンソース運動に対してというのであれば、ならば明らかに人選が間違っていて、受賞者はRMSであるべきだと思います(RMSがオープンソースという言葉を嫌っているのは知ってますがまあ)。INTERNET Watchの記事による過去の受賞者を見ても、Linus氏がその列に並ぶのは個人的にはちょっと違うかなという気がします。
なお、繰り返しますが、Linus氏が偉大であることは間違いありません。ただ、ちょっと今回の受賞は違うのではないかなと思うのです。