世界は本当に広くて、様々な人が居るんだなぁということをつくづく思い知らされる。その全てを自分で体験することは不可能でも、一端に触れることができる読書というのは本当に素晴らしいと思う。本書を読んで改めてそう思わされた。
さて本書である。「モータースポーツの最高峰は?」と問われれば、多くの人はF1と答えるのではないだろうか。実はこの答えは、バイク乗りでありしかもオフローダーである私は好きではない。モータースポーツと言っても様々なジャンルがある。それぞれのジャンルにおいて最高のカテゴリは存在しても、モータースポーツを統括する最高峰が存在するとは考えないからだ。モトGPがF1の下位カテゴリだというのは変だろう?しかし、その私としても「だってF1が一番速いじゃん」と言われれば、それには首肯せざるを得ない。事実、速度という点でF1はもっとも速い。が、それは本書を読んで間違いだと知った。なぜなら、速度という点ではリノ・エアレースの方が遙かに速いからだ。その最高速度記録はなんと時速500マイルにも達する。F1の2倍以上だ。なので、モータースポーツの最高峰をもし決めるのであれば、私はこれからはリノ・エアレースを挙げることにする。
ライト兄弟の初飛行から40年も経たない間に急速に飛行機技術は発達し、レシプロエンジンのプロペラ飛行機については技術の頂点に達したと言われているらしい。現実として、飛行機の技術開発はジェットエンジンに移行し、正しい資質チャック・イェーガーによって人類初の超音速飛行が実現されたのもすでに半世紀以上前のことだ。速度という点ではロケットエンジンもあるし、宇宙空間においてはイオンジェットエンジンなどもある。では、レシプロエンジンのプロペラ飛行機を飛ばすことは、単なる懐古趣味でしかないのだろうか。どうやらそうではないらしい。
リノ・エアレースに参戦する人々は、1年間掛けて丹誠込めて自分の理想とする飛行機を組み上げ、リノに集まってくる。そこで1年間の成果を披露するのだ。速度という観点からいうと、ここで技術のブレイクスルーが起こっている。プロペラ飛行機では時速500マイルは不可能であるといわれていたのを、リノ・エアレースにおいて達成されたのである。これは実に素晴らしいことだと思う。
このような素晴らしいリノ・エアレースを紹介し、観戦を勧めるのが本書である。筆者達は皆10年以上リノ・エアレースに通い詰め、その魅力に酔いしれている。飛行機好きが飛ばす飛行機を、飛行機好きが紹介する。もうそれだけで本書の魅力もたっぷりだ。正直、リノ・エアレースを見に行きたいと私も思ったわけだから、本書の企画は大成功と言っていいだろう。ただひとつ残念なのは、本書が文庫本であるということ。本書には素晴らしい写真が多数掲載されているのだが、文庫サイズではやはり少しもったいない。是非大きな判で観てみたいものであるが、そうすると書籍が高価になってしまってリノ・エアレースの布教という点ではマイナスになってしまうかもしれない。やはり、実物を観に行くのが一番よさそうだ。
最後に、本書を読んでリノ・エアレースについて気になった点を一つ挙げておきたい。本書を読む限り、リノ・エアレースに参加しているチームは全てプライベーターのようである。レースのロマンの世界ではワークスチームというのは悪役と決まっているが、しかしこれが技術の育成・発展のためという目的も兼ねるというのであればワークスチームの参加は必須になってくるのではないだろうか。なぜなら、プライベーターではいくらノウハウは全部公開すると言ったところで、やはり最終的なノウハウはガレージの中でメカニック個人の中にしか蓄積されないからだ。プライベーターとワークスの最大の違いは、寿命の有無だ。いかに優れたメカニックでも、いずれ引退する時がくる。時速500マイルを達成した機体のノウハウも最悪ロストテクノロジーになってしまうかもしれない。しかし、ワークスチームであれば、ノウハウはチームにて共有・継承される。技術の継承が行われることが期待できるのだ。ジャンルは違えど、エンジニアの端くれとしては、そんなことも少し気になったのだ。